弁護士 裵 薫 

 小学生の頃、毎日学校に通う道に文房具屋さんがあり、その壁に「和をもって貴しとなす」と書かれたブリキの看板がかけてありました。昭和30年代の前半、「夕陽丘3丁目」に出てきそうな昭和のレトロな風景です。何の意味なのかは全く分かりませんでしたが、毎日見るものですから、小学生でもすっかり暗記してしまいました。その後随分経って、恐らく、高校生の頃、これが6世紀末から7世紀前半にかけて、地方豪族間の争いに苦労した聖徳太子の一七条憲法の一節であることを知りました。今でも、日本全国に太子という名前の付いた地名が数多く残っていることからしても、聖徳太子は空海(弘法大師)と並んで日本人に最も愛されている歴史上の人物と言えるでしょう。

 私が生まれた頃の元号は昭和でした。平和の和がついています。その後、元号は平成になり、その次に現在の令和と改められ、再び、和が復活しました。このように和が頻繁に採用されていることを見ても、争いを避け、和を貴ぶことは日本人の価値観、日本文化の重要な一部になっているように思えます。日本がアジアで最も早く欧米式近代化の実現に成功したのは、江戸城無血開城など和の精神の賜物だと鼻を高くする人も少なくないように思えます。

 平和の実現が人類共通の悲願であることは言うまでもありません。しかしながら、現代社会のように急激かつ大きく環境が変化する下では、争いによって生じる摩擦を恐れずに迅速かつ徹底的に問題解決のための議論を行う必要があります。和を乱す、大人気ない、めくじらを立てない、まあまあなどと、争いを避けていては、世界から取り残される恐れがあります。現在の日本社会をおおう閉塞状況を生み出した原因の一つは、和の精神の偏重にあるのではないか、争いの絶えない韓国社会を見ながら日本社会で育った在日韓国人2世の私には、どうしてもそのように見えてしまいます。