鄭 源一

 国際結婚の増加や境を超える人の移動の活性化に伴い、破局した夫婦の一方が無断で子を連れて国外に出てしまう問題を国際的に解決するために1980年10月25日に作成されたのが「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)」です。

 韓国と日本はハーグ条約の締約国であるので、16歳未満の子が、監護権を侵害する形、それまで住んでいた日本(常居所地国)から韓国に不法に連れ去られ又は留置された場合は、ハーグ条約に基づいて子の返還を求めることができます。その具体的な手続は、監護権を侵害された親が、監護権を侵害した親を相手にして、所在地国である韓国のソウル家庭裁判所に訴訟を申立てすることになります。

 韓国の裁判実務では、子を国外に移動することに相手方配偶者からの同意があったのかとハーグ条約が定めた返還拒否事由は存在しないのかが争点になることが多いです。特に、ハーグ条約の返還拒否事由の一つである「常居所地国に返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること」に関して、配偶者からの暴力を避けて子を連れて他国へ移動した場合、子の常居所地国への返却が子への重大な危険と認めて、返還を拒否することが可能なのかが問題となります。

 実際に韓国の裁判所でこの問題が争点になったケースがあります。日本に住む韓国国籍の夫婦の一方が家庭内暴力の理由で子と一緒に韓国に無断で移動し、これに対して日本に住む配偶者は、韓国の弁護士を選任して韓国の裁判所で児童返還請求訴訟を起こしました。相手側は、子の返還はすなわち家庭内暴力に子を再び露出させるものであり、返還拒否事由の重大な危険があると主張しました。

 これに対して韓国の最高裁判所は、ハーグ条約の返還拒否事由の一つである重大な危険には、親の一方に対する頻繁な暴力によって子に精神的危害が生じる場合と、常居所地国に返還されるとむしろ適切な保護や養育を受けられなくなる場合を含むと前提して、請求人が相手方配偶者に数回暴行し、児童がこれを目撃して精神的な苦痛を受けた事実がある限り、請求人が子を直接に暴行した事実がないとしても、日本への返還は重大な危険に当たると判断し、返還請求を棄却しました。

 しかし、この判決に対しては、ハーグ条約の枠組みを逸脱するものだという批判があります。ハーグ条約に基づく返還請求裁判は、養育権に対する判断、すなわち、両親中の誰が養育権者として適任だと認められるかを判断するのではありません。違法に移動された子を常居所地の国家に迅速に返還させることが目的です。子の養育権についての問題は、子の常居所地国の裁判所が審理・判断することになります。もし、所在地国の裁判所が子の福利という実質的観点で子の養育権問題まで審査することになると、所在地国の自国中心主義が影響を及ぼす恐れがあり、子の福利に関する判断は子の生活と最も密接な国家である常居所地国の裁判所が担当するのが望ましいという協約の土台や、締約国間の信頼にも反するという批判があるのです。米国の第九巡回控訴裁判所は、ハーグ児童返還請求事件を審理する裁判所の任務は児童が最も幸せに暮らせる国がどこなのかを決定するものではないと判決したことがあり、これも同じ趣旨です。