弁護士 金 紀彦

 

 韓国の憲法裁判所は、2019年4月11日、堕胎罪を憲法不合致とする判決を下しました。具体的には、堕胎を禁止し、また、妊婦の同意を得て堕胎を行った医師を処罰する法律はいずれも自己決定権を侵害し、憲法に合致しないと判断しました。現行法は、2020年12月31日までに改正されることになります。

 韓国の刑法第269条第1項は、堕胎をした者は1年以下の懲役または200万ウォン以下の罰金に処すると定めています。また、同法第270条第1項では、医師などが妊婦から委託を受けて堕胎を行った場合、2年以下の懲役に処し、7年以下の資格停止にするとされています。もっとも、医師が行う人工妊娠中絶については、遺伝性の病気を患っている場合や母体の健康に深刻な影響が及ぶ場合、性的暴行で妊娠した場合など、母子保健法に一定の例外規定が設けられています。

 韓国では、堕胎罪の合憲性について継続的に社会的関心事となっており、2012年、憲法裁判所は、僅差で合憲との判断を示していました。今回の憲法裁判所は、2012年の判断を変更したことになります。

 一方、日本においても、堕胎をした者は1年以下の懲役に処するとされており(刑法第212条)、医師などが委託を受けて堕胎をした場合には3ヶ月以上5年以下の懲役に処するとされています(刑法第214条)。母体保護法に規定する条件を満たした場合には、医師は人工妊娠中絶を行えるのは、日本も同じです。

 日本においても、韓国においても、近年、堕胎罪で立件されるケースはほとんどありません。そのような中で、韓国の憲法裁判所が憲法不合致決定を行い、国会に対して法改正を強いたことは、日本の法律家の立場からすると、非常に画期的です。

 日本においては、具体的な事件の判断に必要な範囲に限って通常の裁判所が憲法判断を行う付随的違憲審査制がとられており、憲法判断自体について裁判所は極めて消極的です。

 一方、韓国においては、1988年に憲法裁判所が設立され、具体的な事件に関する憲法判断だけでなく、法令などが憲法に合致しないとして直接、憲法裁判所に訴えることが認められています。また、適切な憲法判断を積極的に行えるように、法曹資格を有した研究官や各国の憲法研究者などの研究員が多数所属しており、憲法裁判所の審理や判断などをサポートしています。

 このような制度上の違いを背景に、日本と韓国では、憲法に対する意識や関心度に違いがあるように思います。日本の方が専門家による精密な憲法解釈や法律構成を行う傾向が強い一方、韓国の方が憲法に対する市民の関心度が高い傾向にあります。

 最近、日本において憲法改正についての議論がなされています。しかしながら、現在の憲法改正の議論は、自主憲法といえるか否かといった点や第9条に関するものに終始し、憲法の基本原則である基本的人権の保障に関する議論が乏しいように見受けられます。憲法改正を行うのであれば、その前提として、多くの国民の関心度が高いことが必須です。そして、その具体的な内容に関しては、憲法裁判所を中心として日本よりも積極的な憲法判断を重ねてきた韓国の事例も参考にしながら、新しい時代に即した基本的人権の保障についてしっかりとした議論をすべきだと考えます。